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単細胞男子を支えたもの


『ヒーローなんてぶっとばせ』(1998年)

ジェリー・スピネッリ作 菊島伊久栄訳 偕成社

アメリカンフットボールで活躍する、見栄っ張りな男の子と、その隣に住むクエーカー教徒でベジタリアン、おまけに男なのにチア・リーダーのウェッブの物語。

小学校高学年から。絶版なので、図書館でどうぞ。

アメフトやクエーカー教徒、ベジタリアンなど日本人の子どもたちには、あまり縁がないものがたくさん出てくるけれど、とても読みやすい。

クラッシュの勘違いぶりが、もう笑えるし、単細胞というか、きっと脳みその中まで筋肉なんだろうなー、って(笑)。

■ 深刻になりがちをユーモラスなトーンで

この物語には、いじめ、いつも仕事で疲れている両親、心がバラバラな家族の問題、ともすると深刻になりがちなテーマが盛り込まれています。でも、あっけらかんと明るく描けているのは、いい意味で底が浅い?深く考えない?体育会系男子の物語だからかもしれません。

え、体育会系男子に失礼?すみません、学生時代アメフト部のマネージャーをやっていたので、ああ、こういう男子いるいるって懐かしくなりました(笑)。

頭で深く考えない(言葉を駆使して思考を整理しない)からといって、感じないわけじゃないんです、当たり前だけど。クラッシュはちゃんと自分の中の違和感を感じられる子でした。

妹に関しては、もっと感受性豊かで、クラッシュとは別の意味で過激で面白い。兄がいじめているウェッブと仲良くなり、彼の影響でベジタリアンとなり、母親の昇進の場であった、ショッピングモール建設反対運動に加わる。彼女もジメジメしていない!家族と意見が合わないけれど、それでいて相手を責めるというより、勝手に自分の道を突き進むところが、実に清々しいんです。

■ 祖父の力、お話の力

ウエッブをいじめていたクラッシュとその親友マイクの違い、それは一体どこから来るのだろう・・・。思い当たったのは、クラッシュと妹アビーの心のよりどころでもある祖父スクーターの存在でした。多少間違った方向に行っても、軌道修正できるのは、スクーターのような存在があるからなのでは?

海軍のコックをしていたという、祖父スクーターは、世界じゅうから集めた宝物のつまったトランク(通称:海のタンス)を持ち歩き、夜になるとお話をしてくれるんです。怪談話をね(笑)。その時間がいかに豊かな時間だったか。クラッシュとアビーの歓迎ぶりからしみじみと伝わるんです。お話の力、すごい。

どうしても、親は、仕事やなんやらで忙しく、子どもに対しても余裕がなくなりがちなんですよね。経済システムの中で必死に生き抜いている親には、子どもの心情がワカラナイ。そんなとき、ただただ子どもたちを見守り、寄り添ってくれる存在が祖父母なんですよね。

老人と子ども。対極にあって、一番近い存在。

身近にこういう人のあたたかい目があることの大事さをしみじみと感じさせられます。

そんな拠り所でもあった、スクーターが脳卒中で入院し、言葉もうまく話せなくなってしまう。けど、子どもたちはもう大丈夫なんです。今度は、逆に子どもたちがスクーターにお話を聞かせてあげるんです。

なんて、たくましいんだろう!

児童文学らしい爽やかさな読後感のある物語でした。

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