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世界をほんの少しでもよく


『願いごとの樹』(2018年)キャサリン・アップルゲイト作 尾高薫訳 偕成社

今日の一冊はコチラ。

表紙画の美しさに惹かれて手に取りました。

《『願いごとの樹』あらすじ》

私はレッド。樹齢216年の木で、この物語の語り手だ。町の人たちは年に一度、願いごとを書いた布や紙を私の枝に結びつける。長年、私はこの町を──なかでも木陰に建った家にやってくる移民たちを見守ってきた。この家に最近越してきたのは、イスラム教徒の少女サマール。ときどき私の根元にすわり、木の洞に住む動物たちと過ごしている。 ある晩、サマールは「友だちがほしい」と願いをかけた。 私を切り倒す話が持ちあがったとき、なんとか人間の役に立ちたいという気持ちがわいてきた。親友のカラスや動物たちが止めるのもきかず、私はサマールたちにむかって語りはじめた。昔、この町にやってきたある女の子の物語を。そこから波紋がひろがって……。

米国ニューベリー賞受賞作家による、思いやり、友情、希望の物語。(偕成社ホームページより転載)

テロが起こると、なぜかイスラム教徒の人たちはひとくくりにされて「コワイ」と思われてしまう。偏見ですよね。数で言えば、キリスト教徒の国による殺人(戦争)のほうが大規模だろうに、名もないイスラム教徒の人たちの死は報道すらされない。

作者の方は、書かずにはいられなかったんだろうなあ。

木や動物がしゃべるという設定なので、入りこめない人もいるかもしれません。木が驚くべき方法でコミュニケーションを取ったり、仲間を助け合っていたりというのは事実としてあるので、この物語もそう非現実的とも言えないんですよね。こちらの『樹木たちの知られざる生活 森林管理官が聴いた森の声』(ペーター・ヴォールレーベン作、長谷川圭訳、早川書房)はノンフィクションで物語ではありませんが、木々の驚くべき社会的な営みが描かれていて、並行して読むと非常に興味深いです!

ただ、『願いごとの樹』での主人公たちの年齢を考えると、人間と同じ言葉を木が話すというのが、不自然に感じてしまったですよね。主人公がもっと幼ければ、これでもよかったのかもしれませんが、もうちょっと違ったアプローチのほうが中学生以上の読者には受け入れられやすいかな、と考えてしまいました。

とはいえ、この巨木レッドの言葉にはなかなか深みがあります。

ご存知の通り、木は動けません。ひたすら、受容するのみなんです、運命を。

自分が切り倒されるかもしれないということを知ったとき、この巨木のレッドは自分は愛する世の中に十分恩返しができたのだろうか?と考えるんですね。仕事は果たしたが、まだ足りないものがある、って。

……木の流儀は聞くこと、観察すること、耐えること。

とはいえ。この世にさよならを告げることになった今、観察者であることをやめたらどうなるだろう、と初めて考えた。物語を演じる側になるのは、どんな気分だろう?そして世界を、ほんの少しだけ、よくすることができるとしたら?(P.76)

こう考えたレッドは、親友のカラスの協力も得て、サマールの願いのために何かしようとするのです。ふっと我が身を振り返りますよね、果たして私はほんの少しだけでも世界をよくするために何かしているだろうか、って。

もう切り倒されてしまうかもしれない、と覚悟を決めた晩の言葉も好きです。

人生や愛の意味について話す必要などなかった。

暗転の星をちりばめた空をながめ、甘やかなしめった大地のにおいをかぎ、わたしの中で息づいている、小さな命の鼓動を聞くだけで十分だった。

たとえ、これが最後の夜だとしても。(P.175)

わあ、こんな風に穏やかに人生の最後を過ごしたい、と思わず思ってしまいました。

同じく、偏見を受けているイスラム教徒の子を描いた物語では、『さよならスパイダーマン』がおすすめです!

個人的には、こちらのほうが自分の身に置き換えて、色々考えさせられたなあ。以前コチラに感想を長々と(!)書いているので、よかったら。

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