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本来のオオカミって……


『オオカミのようにやさしく』(1994年)G・クロス作 青海恵子訳 岩波書店

今日の一冊は(も?)マイナーと思われるであろう、こちらの物語。とはいえ、本国ではカーネギー賞を受賞している物語なんですよ。

日本人には馴染みがなくて、ちょっと変わってると感じるのですが、現代イギリスの社会事情を描いてるそうなんです。

テロと聞いたら、私たち日本人が思い浮かべるのは……?

おそらく、イスラム過激派ではないでしょうか。北アイルランド紛争と聞いても、正直いまいちピンと来ない人も多いのでは?

この物語で扱ってるテロは、IRA(アイルランド共和軍)なんです。この物語を読んだとき、本筋とは関係ないのですが、ちょっと動揺しました。欧米人で領土を愛するがゆえのテロリストと、イスラムのテロリストだと、自分の中で抱く印象が違うことに気づいてしまって。たくさんのイスラム関連の本を読んで、自分の中にはもう差別的感情はないと思っていたのに、まだあったことに。

《『オオカミのようにやさしく』あらすじ》

テロ活動のために家族を捨てた父のことを、母は、「領土のために闘うオオカミのような人」だと言う。でも本物のオオカミは決して家族を見捨てない動物なのに…。崩壊した家庭のなかで真の自分を求めてたたかう13歳の少女キャシーの姿を、現代イギリスの社会事情を背景に浮きぼりにした問題作。(本裏表紙より転載)

■物語を通じて生態を知る

さて、この本を手に取った理由は、「本物のオオカミは決して家族を見捨てない動物なのに」という文言に惹かれたから。

ええ、お恥ずかしながら、そんなことも私はシラナカッタんです。絵本や昔話に出てくるオオカミ、悪者のイメージがどうしてもつきまとってしまって、本物のオオカミの姿を全然知りませんでした。図鑑で読んでいたかもしれないけれど、全然頭に残ってなかった。

でも、物語を通じてだと実感として入ってくるんです。オオカミが、いかに人間側の勝手な都合で迫害されていたのかが。いかに、オオカミが賢く、気高い動物なのかが。

この物語の中では、演劇のワークショップの一環として、オオカミのことがたくさん調べられるのですが、非常に興味深いです。

人間がオオカミにしたことは、大量虐殺、種の抹殺。罠などの殺害方法のリストは21にも及んでいて、リストで見ると、人間の残酷さが浮き彫りに。人間が一番コワい…。

■住宅問題から見えるイギリスの社会問題

もう一つ興味深かったのは、ロンドンの住宅問題。老朽化して改築や取り壊しを待っている建物や空き家に住みつくことを、スクォッティングといい、そこを不法占拠している人たちをスクォッター(スコッター、スクオッター)というんだそうです。ああ、自分は全然社会問題知らないなあ、と痛感。

あとがきによると、イギリスでは17世紀の昔から行われ、60年代、70年代には一つのコミューン運動として展開されたのだとか。消費社会への反発として、生き方として誇りを持ってそうする人も多かったそうなのですが、1977年の侵入罪法の成立によって、空き家居住は違法となったそうです。

この物語では、普段は厳しい父方の祖母と暮している主人公キャシーが、離婚した実母の元に追いやられるのですが、その母親がスクォッターになっていたのです。この母親がね~、少女みたいにフワフワしたいわゆる不思議ちゃんで、全っ然共感できませんでした(笑)。その母親と一緒に暮らしていた黒人親子(ライオールとロバート)が、演劇のワークショップを学校などで行っている人たちなのですが、まあ、こちらもユニークなんです。自分の周りにはいないような人たちに囲まれて、キャシーと同様私もとまどいました。でも、人との出会いが、自分を変えていくんですよね。

余計なことは考えないように、思考や感情を停止させていたキャシーが、この風変りなスクォッティング共同暮らしで、徐々に自分と向き合っていく姿は、とてもよかったです。

■向き合うしかない

ところで、謎に包まれていたキャシーの父親。実は、IRAのテロリストだということが中盤から明らかになってくるのですが、テロリストを愛してしまったらどうなるんでしょう?その妻、母親、娘は……?母親の愛情は当たり前のものとして受け取るのに、自分の信念のためなら家族を殺すことも厭わないテロリスト。そこに人間味は果たして垣間見られるのか。どういうときに人間味が戻ってくるのか。

なんの打算もない、死をも覚悟した本音でぶつかり合い。向き合うしかない。それしか、人の心は動かせないんだなあ、と。

最後に、スクォッティングの暮らしを軽蔑し、現実的な人間のふるまいでないと非難するキャシーに対し、ロバートの言った言葉を紹介して終えたいと思います。

「きみが言ってた現実的の生活って、いったいなんなの?」と、ロバートが静かに言った。「現実の生活って、現実的な人間って?なんの意味もないよ、そんなの。壁をつくって、居心地の悪いものをしめ出す生き方にすぎないだろ。そんなことしたってだめだ、そうだろう。いま目のまえにあることと向きあうしかないじゃないか。」(P.143)

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