真の魔法とは
『ゴースト・ドラム 北の魔法の物語』(1991年)
スーザン・プライス作 金原瑞人訳 福武書店
カバー画:中村仁
湖のそばに立っているのは一本のカシの木に、金の鎖でつながれているのは一匹の物知り猫。木の周りをぐるぐる周りながら、この猫が語り部となって、一気に物語の世界観へと私たちを連れて行ってくれます。これは、なかなかの物語です!!!凍てついた寒い寒い北国の、甘さを一切排除した魔法の物語。人間の愚かさが伝わる物語。
ああ、福武書店の児童文学・ベストチョイスシリーズって、本当にいい物語が多いんですよねえ。ベネッセになってから、児童書部門をなくしてしまったことが残念でたまらない。
でも、こちらの物語は、サウザンブックス社から、改訳で復刊されているようです。表紙も児童書よりも大人っぽい感じに。
《『ゴースト・ドラム』あらすじ》
皇子がいずれ自分を脅かす存在となるとの予言を信じた皇帝により、高い塔に幽閉されて育った皇太子サファ。母は産後すぐなくなり、サファをかわがってくれていた乳母もやがて処刑されてしまう。外の世界を知らず、気が狂いそうになるサファの心の叫びを聞きつけたのは、優秀な魔女チンギス。サファを狙う皇帝の無慈悲な妹マーガレッタに、チンギスに対し嫉妬と憎しみに狂う北の魔法使いクズマが近づいていき……。チンギスはサファを守り抜けるのか。
1987年カーネギー賞受賞作
■ 言葉や音楽=魔法
この物語には、さまざまな魔法の修行が出てきますが、どれも唸らされます。
まず、第一の魔法は言葉。例えば、こんな感じです。言葉の魔法を使うのは魔法使いだけとは限らない。戦争をしたいとき、人々を鼓舞したいとき、権力者は言葉の魔法を使う。犠牲こそが美しいことを何度も繰り返すと、
人々は怒りをわすれ、息子や兄弟が殺されるのを喜び、自分たちが寒くひもじい思いをすることを誇らしく感じるようになる。(P.50)
言葉は、目を、耳を、鼻を、舌を、肌をあざむくことができる。その魔法をみがけば、言葉はわれわれの五官をとぎすまし、われわれを下等な魔法から守ってくれる。(P.51)
だから、言葉を磨くのです。言葉で綴られている本には、魔法がいっぱいなのです。
また、興味深いのは、魔法の中でもっとも強力で偉大なのは、音楽ということ。
「この世に音楽の力を知らない者はない」老婆がいった。「村のバイオリン弾きが、踊りの曲をひけば、だれでも力がわいてくる。一日じゅう働いた者でもそうだ。音楽はあれ狂っている心をやわらげ、人を涙させることさえできるんだよ。音楽には、言葉も文字もいらない。音楽とは、われわれの中に住む、心の言葉なのだ。心は一瞬にして理解する。それもすべてを。だが、バイオリン弾きが毎日毎日、練習に明け暮れていることをわすれてはならない。」(P.55)
だから、魔法使いが練習を重ねれば、音楽によって、人の身体を癒すことも、人を狂喜or狂乱させることも、物の形を変えることさえできるようになる、と。その音楽の中でも、最も原始的で人間の本能に響くのがドラム(太鼓)なんですね。印象深いのは、言葉にせよ音楽にせよ、修行に修行を重ねてこそのものだというところ。才能というよりも、人一倍努力した人こそが、偉大な魔法使いになれるんだなあ。
■ 真の魔法とはご都合主義ではない
「ああ、魔法が使えたらなあ」
って誰しも思ったことがあるでしょう。自分の都合のよいようになれば良いのに、って。
でも、一つ魔法を使えば、それにまつわるもののバランスが必ず崩れる。そういうものなんですよねえ、真の魔法物語って。この物語は、そんなことも教えてくれます。
例えば、チンギスがサファを助け出したことで、当然兵士たちの間で争いが起こります。一部の兵士家族は、森に逃げるのですが、その人たちを死にむかって押しやってしまったのはチンギスなんですね。魔法によってバランスが崩れて起こったことだから。だから自分があの人たちも助けてあげなくては、とチンギスは語ります。
そして、彼らを飢えから救うために、食べられる動物を差し出すのですが、その犠牲動物を決める際は、こんな風に動物たちに語りかけるんです。
「おまえたちの中に、年老いて痛む体にとらわれているものがいれば教えて」「もしその者たちが自分の体を、あの飢えている人々に与えてくれるなら、わたしがお礼に安らかな死をあげましょう。……死がその者たちに恐怖をもたらすことはないわ」
生態系の宇宙のバランスをできるだけ崩さない、それが真の魔法使いなのです。
ほかにもね、幽霊たちの逆襲方法も秀逸なんです。無慈悲な皇帝の妹マーガレッタに襲いかかったりしないんです。ただ、毎日見つめるだけ。見つめることによって、女帝の「考える力」を奪っていくんですね。こういうところが、子どもだましの話じゃないんだなあ。子どもだましだったら、スカっとするくらいやりこめて復讐しちゃいそう。
内容が分かってしまうと面白くないので、あまり詳細は書けませんが、は最後の最後には、魔法に関するものは置いていかなくてはならない、ということろに個人的には「おおっ!」となりました。最後に持っていけるもの、さあ、それは何でしょう?
内容はね、完全にファンタジーなのに、ものすごく真実味があります(事実ではなく真実)。ちなみに、チンギスの家は、ニワトリの足に乗って移動するのですが、ニワトリの足の上の魔女の家といえば、こちらの絵本を思い出します。スラヴ民話の『バーバ・ヤガー』。
秋冬に、北風を感じながら読みたい、引き込まれる物語でした!