top of page

残したい失われた風景


『靴屋のタスケさん』(2017年)角野栄子作 森環画 偕成社

今日の一冊はこちら。

本のようですが、文章長めの絵本のような感じ。大人なら10分程度で読めてしまいますが、描かれた風景がとても心に残る一冊です。

この時代を生きていないのに、不思議と懐かしい気持ちになるのはなぜなんだろう。

《『靴屋のタスケさん』あらすじ》

1942年、東京。町の表通りに若い靴屋さんが越してきた。ひょろ長い体にぶあつい眼鏡をかけた靴屋のタスケさんは、いつも背中を丸めて古い靴を直している。「今は材料の革がないし、靴をあつらえるなんて贅沢は許されないしなあ。でも、こう見えても、腕はたしかなんだぞ」。小学一年生のわたしは放課後になると靴屋さんに行って、タスケさんの仕事を見るのが楽しみになった。わたしは、タスケさんのことが大好きだった。しかしまもなく戦争が激化し、タスケさんはお店を閉めて兵隊さんになるために田舎へ帰っていった。やがて、わたしはタスケさんのことを忘れていったーー。『魔女の宅急便』の作者・角野栄子が若い世代へ贈る、戦争のものがたり。(出版社HPより転載)

戦争の悲惨さが直接的に描かれているわけではないけれど、戦争により失ってしまったものが描かれています。

でもね、と思うのです。

タスケさんのような個人の職人さんの工房や、あのような大人と子どもの交流、これは戦争によって破壊されたというよりも、時代の流れで失われたものだろうな、って。

例え戦争がなくても、こうなっていたと思うのです。そのことを考えてしまう。習いごとで忙しい子どもたち。知らない大人とはしゃべらないようにと学校で教えられる子どもたち。商店街は消え、買い物はモールのような華やかなショッピングセンター。イベントは盛りだくさんだけれど、人と人との日常的な交流はそこにはナイ。

主人公の女の子の宝物だった赤い靴についても、考えさせられます。モノのない時代だったからこそ、あの赤い靴は宝物だった。でも、いまだったら?お気に入りのよそゆきの靴の一つにはなっても、あそこまで特別に大切という思いはなかなか起こらないかも。大量生産、大量消費による物質的豊かさと、心の豊かさは、どうも反比例するような気がしてなりません。

戦争の時代は、もちろん二度と来てほしくない。でもそれとは別に、今が本当に豊かで幸せな世の中といえるのか、そんなことを考えてしまいました。

角野栄子さんは、この風景を書くことによって残さずにはいられなかったのだろうなあ。この風景が見れてよかった。

ブログ「今日の一冊」
part08.png
最新記事
カテゴリー
タグから検索
まだタグはありません。
アーカイブ
bottom of page