これさえ守れば子育ては安泰!
『中川李枝子 本と子どもが教えてくれたこと』(2019年)中川李枝子著 平凡社
みんな大好き『ぐりとぐら』、いい子でない主人公が人気の『いやいやえん』、大きな紙が欲しくなる『ももいろのきりん』などなど、子どもたちに愛されるたくさんの物語を語ってくれた中川李枝子さんの自伝です。
話し言葉で語りかけてくれているので、まるで中川李枝子さんのお茶にお呼ばれしたかのよう!
いやあ、中川さん素敵です!貧しくとも、本だけは贅沢していた中川さんのご両親も素敵。
中川さんって、本当に(保育)現場LOVEな方なんですね。そこから離れて作家になろうとは思わなかった。いわゆる良い子ちゃんよりも、問題児と思われてる子のほうが好きだったから、児童養護のほうにいきたかったとか、最高!
そのせいかな?なんだか中川さんの前では未熟な自分のままでも受け入れてもらえそうな気がして、萎縮せずにお話が聞けるのです。
いくつも書き留めておきたい言葉がありましたが、個人的にガツーンときたのは、次の東京家庭学校(児童養護施設)でのエピソード。
東京家庭学校では、児童憲章の三原則の言葉が額に入って、礼拝室のホールに掲げられているそうです。三原則とは、
「子どもは人間として尊ばれる」
「社会の一員として重んじられる」
「良い環境のもとで育てられる」
ここにいる子どもたちは、偏見の目で見られたり、学校でツライ目にあうことが多い。施設に戻ってきて、みなでギャアギャアひとしきり叫んだあと、おもむろに明るく声高らかに「俺たちは児童憲章で守られているんだよな」と叫ぶと、さっと解散するんだそうです。
いやあ、感動しました。安心安全でいられる場があれば、子どもたちは自分で乗り越えていけるんだなあ。家庭環境がひどい子たちだから、この子たちをどうにか(非行に走らないように)せねば、じゃないんですね。自分たちは守られている、そう感じることができたなら、子どもたちは勝手に成長していくんですね。
手助けって、必ずしも子どもの問題に大人が介入することじゃない。
ん?三原則って、そんな当たり前のこと?と思うかもしれません。でも、全然実行できてない自分に気づかされて、ガーンとなったのです。
だって、ちょうどこの本を読んでいたとき、あまりにも態度がふてぶてしく、母を召使か何かと思ってる?という小5次男の態度にイライラしてたもんで。
「たまにはお母さんをラクにさせてあげること考えたら?」
という夫の言葉に、そうだそうだー、なんて心の中で激しく賛同したりして(笑)。
いやいや、違ーう。それより私、三原則実行してる?!次男のこと呆れるを言い訳に実行していないんじゃない?そんな自分に気が付いてしまった。もうちょっとお母さんをラクにさせてよー、とちらっとでも思ったなんて恥ずかしい!大人は与える側なのに。ついつい子どものほうに言動を改めてほしいだなんて、子どもに変わることを期待してしまっている、ひどいな……。
いやね、甘やかすと甘えさせるは違うと思ってますよ?でも、三原則がちゃあんと実行されていたなら、次男はあんな態度にはならないと反省したのです。
この子このままじゃマズイのでは?何とかしなくては、親の責任!って思ってしまうけれど、子どもを変わらせようとすることが間違いなんだなあ。
親の責任は三原則のほう。このエピソードを胸に刻むと、不思議と心に余裕を持って子どもに接することができます。そして、中川李枝子さんはさらにこう言い放ちます。
いいでしょう。この三つがあれば、何もいらないじゃない。どこの学校でも校長室には「親切に」とか「ありがとう」ではなく、児童憲章を掲げたらいいのにって思うんですよ。(P.49)
そう、学校でも子どもに変わることを要求している。「みんな仲良く」とか「優しく」とかね。大人ができていないことを子どもに期待している。まず、大人が大人としての与える役割を果たさなくっちゃね。
幸せな思いをした子は、不幸にも敏感になるでしょうし、他人を思いやる気持ちも育つでしょう。人生には、さまざまな不幸がやってきます。それに耐える力、乗り切る力は、その子が幸せであればあるほど強くなるでしょう。(P.88)
他人の気持ちに分かる優しい子になってもらいたい、どの親もそう願っているのではないでしょうか。
もし、自分の子に冷たい部分を感じて直してもらいたいと思ったなら、その子には三原則が不足しているのかも。そのためには、まずその子に幸せな思いをたっぷり味わってもらうこと。大人は「こんな不幸もあるのよ!」と世の中の悲惨な現実を見せつけるのではなく、ただただ幸せを味わえる環境を提供すればいいんだなあ。
中川李枝子さん、ありがとうございました!