子どもの本なんて、と思う方にぜひ!
『子どもの本の森へ』(1998年)河合隼雄・長田弘著 岩波書店
週末は第3回読書アドバイザー講座でした~。
毎回楽しくて刺激的なこちらの講座。今回は、好きな本を一人3分で紹介するプレゼン、自分の番が回ってくる日でした。
はあああ、100名の前って、緊張した!
で、迷って迷って選んだのが今日の一冊です♪
■ そもそもなぜ大人に子どもの本が必要なのか
本当はね、ご紹介したい児童文学、他にもい~っぱいあったんです。でも、まず、そもそも大人が児童文学?って思ってる人にこそ、こんな世界もあるんですよ~、ってこと知ってほしかった。そんなとき、この本は良い入り口だったんです。河合隼雄さんは子どもの本を心理学的に分析された本もたくさん書かれていて、とっっっても興味深いのですが、入り口としては、こちらの本の方がとても読みやすい。私自身もこの本が入り口でしたしね。
こちらを選んだポイントは3つ。
① 対談集なので、さらっと読めてしまう
すごーく深いこと言ってるんですよ!?でも、このお二人は小難しい言葉は使わない(←コレ、本当に頭のいい人の特徴)。本が苦手な方でもいけます!
② 良いブックガイドにもなっている
お二人は、対談の中でたくさんの名作を取り上げて、語られています。一冊の本を紹介するのもよいけれど、ここに出てくる本、全部読みたくなっちゃいます!
③ すべての大人に関係がある
今の大人が見失ってしまったもの、取り戻さなければいけないことについて語られているんでる、これ。つまり、児童に関わりのない人もすべての大人に関係あるってこと。
いま、大人にも子どもの本が必要なのは、子どもが持つ言葉は、大人の社会が持つ言葉とは違い、子どもの目を通して世界を見たほうが本物がバッと分かるから。
魂に響くのが児童文学、そう河合隼雄さんはおっしゃいます。
■ 積ん読(ツンドク)が大人の器量を決める!
積ん読って聞いたことありますか?
積んでおいただけで、読まないで置いてある本のこと。長田さんは、これが重要だっていうんです。本も必要な家具なんだ、って。だから、置いて眺めることができることが大事。
そうなんです。だから、私は電子書籍にはなじめないんだなあ。置いて眺めることができないから。画面にうつるものって、私にとっては物語ではなく、ただの情報になってしまう。
いまうちにある蔵書のほとんどは、実家から持ってきた親が所蔵していた児童文学。
思い返せば、小学生のころから背表紙見てはワクワクしてました(でも、なぜか読むのは図書館で借りた本ばかり)。サトクリフとか、福音館や岩波のハードカバーの重厚な本がズラリ。
読んでないのに、囲まれてるだけでワクワクする。これが、積ん読かあ~!!!納得!
記憶の中に、ツンドクだけで読んでない子どもの本をどれだけ持っているかが、大人の器量を決めるそうですヨ by 長田さん。
■ 問いが少なすぎるいまの大人たち
ドキッ!
みな性急に答えを求めすぎる。そして、答えらしきものは多いけれど、問うこと自体が少なすぎる。だから、なんだかペラペラ薄っぺらいんですよね。我が身を振り返っても実感。
ほかにもね、いっぱい興味深いことが書かれているんです。暗い場所が消滅し、明るすぎるから世の中息苦しくなってきた。子どもたちへの圧力は、全部善意に基づいているから余計におそろしい、とか。
え?なんのこと???ってこれだけじゃワカラナイですよねえ。
ぜひ手に取って読んでみてください♪
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