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異文化に出会え、かつ共感できる!


『ぼくたちの砦』(2006年)エリザベス・レアード作 

 石谷尚訳 評論社

 A LITTLE PIECE of GROUND,2004 by Elizabeth Laird

今日の一冊も、サッカーが結んだ友情の物語。ただ、日本の部活とは、まるで違う壮絶な状況に、カルチャーショックを受けるかもしれません。異文化と出会える一冊。

子どもたちの力だけで作り上げた秘密基地に、ボールを蹴る喜び、ワクワクの要素も満載。一方で、イスラエル軍から攻撃を受ける場面は緊迫していて、ドキドキが止まらず、一気読みです。魅力的な人物もたくさんでてきますよ。

■ パレスチナの事情を知れる貴重な物語

作者のエリザベス・レアードは、取材を元に想像を膨らませて書く作家さん。以前紹介した『路上のヒーローたち』(紹介記事はコチラをクリック)は、アフリカのストリートチルドレンの物語でしたが、今回はパレスチナの人たちの物語。

ユダヤ人の悲劇はたくさん紹介されているけれど、ユダヤ人から土地を追い出され、苦しい生活を余儀なくされているパレスチナの人達の話は、日本ではあまり紹介されていないので、貴重です。読むとね、もうびっくりします。

どうして、テロが生まれるのか、テロをする人が英雄視されるのかが、よく分かります。

あんな生活余儀なくされていたら、そりゃ恨みも憎しみも生まれますって。自由に外に出られない、外出禁止令、それがどれだけストレスで追い詰められることか。ニュースを聞いてるだけでは、伝わってこない人々の心情が、物語を通すとよーく分かるんです。

驚いたのは、同じ苦しみを分かち合ってるはずのパレスチナ人の中でも、差別があること。商売をしていて比較的お金に余裕のある層は、難民キャンプエリアの人たちとは距離を置きたがっているという事実。同情はするけれど、キャンプの人たちは馴染みのない地方から来ていて、どういう人たちかよく分からない、だから子どもにはあそこには近づくな、と言う…。なんだかなあ、でもとても現実的です。

■ 相手も同じ人間と思えるか

これだけ嫌な目にあっているので、大人も子どももそりゃイスラエル人を憎みます。そして、子どもは単純で、やられたらやり返す!それが正義!と、戦いをどこか楽しんでいるところもある気がします。退屈した子どもにとって、もっとも刺激的な遊びは戦争ですからね。

イスラエル軍に裸にされても抵抗しない大人、銃を向けられても何もしない大人たちに怒り、恥ずかしさを覚える主人公カリーム。そんなカリームに、ことはそんなに簡単ではない、と諭すおじのアブー・フェイサルがとってもいいです。

おじさんはね、ひょっとしたらやつらのほうが正しいのかもしれない、と思い、じっくり観察したそうなんです。時間をかけて。すると分かったことは、色んな人がいるってこと。彼らも同じ人間なんだ、ってことが分かった。あんなのを人間と呼ぶなんて!と納得のいかないカリームに、おじさんはこう語ります。

「そうだ。人間だ。わしらと同じく。そういうことがわかって、ほんとにがっかりしたよ。やつらを見て、わしら人間てのは、その気になりゃあ、どんなことだってしでかすものだと、わかったからね。わしらだって、ああならんとは言いきれん。人間てのは、底なしに悪くなるってことを、やつらが見せてくれたわけだ。わしらだって、強くなって立場が変われば、いまのやつらと同じことをするだろう。征服した者と征服された者がいれば、こうなるってことだ。権力をにぎったものは餌食にした相手を憎む。憎まんことには、自分らがしでかしていることに耐えられんのだろうな。やつらの目の中では、わしらは毛の先ほどの価値もないー自分らより劣ったものにしか見えんのだ。人間なんて思っちゃいない。わしが長いことかかって学びとったのはーみんな同じ人間だと認める広い心が、やつらにはないってことさ」(P.87)

それを聞いて、ますます納得のいかないカリームに、おじさんがかける言葉がまたいいんですよねえ。

「いまはそれでいい。でもわしが言ったことは覚えておくんだぞ。けっしてそんなに簡単な話じゃないんだから」(P.88)

正義感に燃えてる若者を説得しようとすれば逆効果。いったん受け入れて、でも覚えておいて、と。価値観を押し付けない、でも、種はまく。こういう大人になりたい。

同じ言葉でも、時間差で分かることってあるんですよね。カリームは、自分の父親がイスラエル軍から裸にされて辱められたとき言った言葉にも、納得がいかなかったんです。でも、自分が生きるか死ぬかのピンチに陥ったときに、父親の言葉がよみがえってくるのです。

「忍耐、忍耐。でも忍耐には勇気がいる。やつらがこっちをバカにしたら恥じをかくのはほかでもない、やつらのほうなんだよ」(P.261)

つい忘れがちなのだけれど、“いま”分かってもらう必要はないんですよね。時がくれば分かることもある。だから、種をまくことが大事。蒔かないものは、刈り取れませんもんね。

■ 現代っ子でもきっと共感できる

これだけ政治情勢が違い、生活の違う異文化のお話ですが、面白いことに、とっても感情移入できるんです。

子どもが大人に対して抱く不信感、苛立ち。友だちとの微妙な関係や憧れの気持ち。そして、個人的には兄弟関係のところが、もううちの子どもたち過ぎて笑ってしまいました!

実は尊敬はしているけれど、本気で憎むときもあるし、相手の弱みを握ろうと必死になってる弟。兄弟関係なんて、そんな美しいだけのものじゃない。でも、いざとなったら命をかけてでも守る!作者も翻訳者の方も、自分の子どもたちを思い出しながら書いた(訳した)とのことで、万国共通なんだなあ。

馴染みのない地域の、馴染みのない文化、宗教、政治情勢の話ですが、きっと現代っ子でも共感できるところが多いと思いますし、大人は知っておきたい世界です。ぜひ!

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